「役員賞与は決算で引当金を計上して、翌期に支給する」——多くの中小企業で当たり前のように行われているこの処理が、実は事前確定届出給与の全額損金不算入を招きかねない、ということをご存じでしょうか。
近年、税務調査の現場でも国税不服審判所の裁決でも、役員賞与引当金の計上方法が論点となるケースが増えています。本コラムでは、役員報酬の節税スキームとして定着している「事前確定届出給与」が、思わぬ会計処理によって台無しになるリスクと、その回避策を税理士の視点から整理しました。
この記事でわかること
- 事前確定届出給与と役員賞与引当金の関係
- なぜ引当金処理が否認リスクにつながるのか
- 否認された場合の金銭的インパクト
- 議事録の文言で結論が変わる実例
- 安全に運用するための4つのチェックポイント
結論:「引当金の計上方法」と「議事録の文言」が運命を分ける
先に結論を申し上げます。
- 事前確定届出給与に対応して役員賞与引当金を計上すること自体は違法ではない
- しかし「過去の職務執行の対価」と読み取れる議事録や処理になっていると、否認リスクが一気に高まる
- 否認されると、1円のズレでも全額が損金不算入になる(数百万〜数千万円の追徴課税の事例あり)
つまり、節税のために組んだはずの仕組みが、議事録の書き方ひとつで会社のキャッシュを大きく削るリスクに変わるということです。
1. そもそも事前確定届出給与とは
役員に対する給与は、原則として損金算入が厳しく制限されています。中でも「賞与」(臨時的な支給)を損金にするためには、次のいずれかの形式を満たす必要があります。
| 種類 | 概要 |
|---|---|
| 定期同額給与 | 毎月同額を支給する |
| 事前確定届出給与 | 支給時期・金額をあらかじめ税務署に届け出る |
| 業績連動給与 | 上場企業等が対象。中小企業ではほぼ使えない |
中小企業オーナーが役員賞与を損金算入したい場合、現実的な選択肢は事前確定届出給与一択です。
■ 届出のルール
- 株主総会等の決議日から 1か月以内 に届出書を提出
- 届出には「いつ・誰に・いくら」を明記
- 支給日・支給額が届出と 1円でも異なれば全額損金不算入
この「1円でも異なれば全額アウト」という厳格さが、後述するリスクの根源です。
2. 役員賞与引当金の何が問題なのか
中小企業の経理実務では、決算月に翌期支給予定の役員賞与を 「役員賞与引当金」 として計上し、節税効果を当期に取り込もうとするケースがよく見られます。
しかし、この処理には2つの致命的な論点があります。
論点1:引当金は「過去の事象」を前提とする
会計上、引当金は 「その発生が当期以前の事象に起因する」 ものに対して計上する科目です。
ここから次のような疑義が生じます。
引当金として計上できるということは、その役員賞与は「過去の職務執行に対する対価」なのではないか?
事前確定届出給与は本来、「これから実施する職務に対する対価」として届け出ているものです。したがって、引当金の性質と事前確定届出給与の趣旨が矛盾するように見えてしまうのです。
論点2:議事録の文言が決定的に重要
実際にこの論点が争われた重要な裁決があります。
仙台国税不服審判所 令和5年2月3日裁決
引当金処理をして支給した役員賞与について、課税庁は「過去の職務執行の対価=事前確定届出給与の要件を満たさない」と主張しました。
一方、納税者側は「当期の職務執行に対する対価」だと反論。審判所は 納税者側の主張を認め 、損金算入を是認しました。
ただし、その判断の根拠は次のような細かな事実認定の積み重ねでした。
- 取締役会議事録に「過去の職務執行の対価」と読める記載が 無かった こと
- 毎月の定額報酬と合算して 当期の対価として 承認決議されていたこと
- 引当金額と実際の支給額が 必ずしも一致していなかった (引当金は参考情報にすぎない)
つまり、もし議事録に「前期分の業績への報酬として」「前期の貢献に対する賞与として」といった文言が一言でも入っていたら、結果は逆になっていた可能性が高いのです。
3. 否認された場合のインパクト:1円のズレが数千万円の追徴に
「届出と少しズレるくらいなら、ズレた分だけ損金不算入になるのでは?」と思われるかもしれません。しかしこれは大きな誤解です。
東京地裁 令和6年2月21日判決
ある法人が、事前確定届出給与として2,800万円の支給を届け出ていましたが、業績悪化を受けて2,500万円に減額して支給しました。
裁判所の判断:支給した2,500万円の全額が損金不算入
つまり、減額した300万円分が否認されるのではなく、「届出と異なる支給」として 2,500万円全額がアウト になったのです。さらに、過去に届け出ていた他の役員分(合計5,000万円)も含めて、損金不算入と判断されました。
法人税率を約30%とすれば、約1,500万円の追徴課税 に相当する規模です。
■ 複数回支給の場合の落とし穴
事前確定届出給与を年2回(例:夏・冬)に分けて届け出ている場合も注意が必要です。
- 1回でも届出と異なる支給があれば、その期間内のすべての支給 が損金不算入
- 1回だけきちんと支給した分も巻き添えになる
- 一部だけ届出どおりに支給した分は、その分のみ損金算入が認められるケースもある(個別判断)
4. 安全に運用するための4つのチェックポイント
では、役員賞与引当金を計上しながらも事前確定届出給与の損金算入を確保するには、どうすればよいのでしょうか。実務上、次の4点を必ず押さえてください。
① 議事録に「当期の職務執行の対価」と明記する
取締役会・株主総会の議事録には、次のような文言を必ず入れます。
「○年○月○日から○年○月○日までの職務執行期間における役員の職務執行の対価として、下記のとおり役員賞与を決議する」
「前期の業績への報酬」「これまでの貢献に対する慰労」といった文言は 絶対に使わない でください。これだけで否認の引き金になります。
② 引当金額と支給予定額を厳密には連動させない
「引当金の額がそのまま支給額になる」設計は、引当金の性質(過去の対価)を強化してしまいます。引当金は 会計上の見積もり にとどめ、実際の支給額は届出書ベースで管理するのが安全です。
③ 届出書と支給は1円・1日たりとも違えない
- 振込日が休日と重なった場合の対応をあらかじめ決めておく
- 支給を見送る判断は安易にしない(全額アウトのリスク)
- 金額変更が必要なら、変更届を期限内に提出する
④ 顧問税理士に 必ず 事前相談する
役員賞与の論点は、決算期に駆け込みで処理しようとすると失敗しやすい領域です。特に次のような状況では、税理士への早期相談が不可欠です。
- 業績悪化で減額・不支給を検討している
- 役員構成が変わる
- 役員賞与引当金の処理を今期から始めようとしている
5. まとめ:節税の落とし穴は「会計処理」と「議事録」に潜んでいる
事前確定届出給与は、中小企業オーナーが社会保険料負担を抑えつつ役員報酬を最適化できる、数少ない有効な手段です。しかしその運用は、想像以上に厳格です。
■ この記事のポイント
- 役員賞与引当金の計上自体は問題ではない
- 問題は「過去の対価」と読める議事録・処理になっていること
- 否認されれば1円のズレでも全額損金不算入
- 数千万円規模の追徴課税の事例が現実に存在する
「うちは毎年同じやり方で問題なくやってきた」という会社ほど、税務調査で初めて指摘されるリスクがあります。直近の議事録の文言を、一度ご自身の目で確認してみてください。
ご相談はペネトレイト会計事務所まで
役員報酬・役員賞与の設計は、社会保険・所得税・法人税のすべてが絡む複合領域です。当事務所では、以下のようなご相談を承っております。
- 現在の事前確定届出給与の運用が安全か診断してほしい
- 役員賞与引当金の処理を見直したい
- 業績悪化に伴って届出額の変更を検討している
- 議事録の文言レビューをお願いしたい
セカンドオピニオンや顧問契約のご相談も歓迎しております。

